バクパッカー一人旅〜海外旅行記と旅情報

ドイツ・ハイデルベルク

ドイツ連邦共和国

ドイツ地図旅の最後に訪れた国。東欧から旧東ドイツに入り、ゲーテ街道を通ってフランクフルトより帰国。
東欧から旧東独入りで感じた、現在までの重い歴史。
最後の国で考えた。本当の先進国とは?開発して、人間の住みやすさと追及するだけが「先進」だろうか?開発とは、先の事〜未来の地球、人間だけが住んでいるのではない〜を考えて、進むことではないのだろうか。

旅のルート

チェコ→ドレスデン、マイセン→ベルリン→ライプツイヒ→ワイマール→エアフルト→アイゼナハ→フランクフルト、マインツ→ハイデルベルク、マンハイム→フランクフルト→日本

ドレスデン〜旧東独、ゴシックな街並み

ドイツ【ドレスデン・ツヴィンガー宮殿 ラファエロ「マドンナ」】ドイツ【ドレスデン・カトリック宮廷教会】2004/9/19
チェコから列車でドイツ入国。いきなり交通費が高くなった(日本より高い!)ので参った。その為歩いて中心街に行かねばならなかった。
ドレスデン駅前は普通の都会でおもしろくなかったが、旧市街に入るとゴシックで重厚な建物が見えてきた。
チラシ片手にかなり歩くと、今夜の宿LollisHomestayが見つかった。5人ドミにチェックイン。2段ベッドの他にシングルのベッドが空いていたのでGETした。明日この部屋が予約で満室なので6人ドミに変わってくれと言われた。
早速観光に出かけた。新・旧市外を隔てて流れるエルベ川の橋から見た旧市街の眺めは最高に美しいツヴィンガー宮殿、教会、ドレスデン城などを見学。
ドイツに入ると日本人観光客も増えた。 ラファエロの名画「マドンナ」がツヴィンガー宮殿にあったので驚いた。他にも名画がずらりで見応えがあった。左:カトリック宮廷教会 右:ラファエロ 【マドンナ】

マイセン〜エルベ川に佇む古都

ドイツ【マイセン】2004/9/20
マイセンに日帰り観光。磁器の街として有名だが、街並みと丘の上に建つ城と大聖堂が印象深い。私は磁器に興味が無いので工場には行かなかった。
ここの銀行で残り少ない金を下ろし、ベルトが切れたので中国人の雑貨屋で3€のベルトを購入した。
エルベ川沿いから、旧市街を眺めた。マイセンはこじんまりした街なので、地図無し徒歩で十分観光できる。

後半はドレスデンのアルベルティーヌムを見学。所蔵物の多さと素晴らしさに感動。ドイツって凄いな!

ベルリン〜東西ドイツの歴史を物語る都市

2004/9/21-22
朝6時前に宿を出た。外は真っ暗で時々車が通るが誰もいない。ビビリながら小走りでトラム乗り場に向かっていると、前から蝶野系の革ジャン、革パン、スキンヘッドの190cmくらいのレスラーみたいな大男が歩いてきた。他に人影は無い。店も開いていない。ヤバい人やったら、どうしよう?ドキドキしながらも私達の距離は縮まり、すれ違い様に大男は大声で言った。
「Morgen!(おはよう)」爽やかな笑顔だった。ジャパンが彼にビビッているのを分かっていたのだろう。気さくでお茶目な兄ちゃんだ。
「…Morgen!」引きつった表情で答えると、角からもう一人、お揃いの革ジャン、革パンのワイルド系が現れ、2人は仲良く寄り添い朝の街に消えていった。

鈍行列車を乗り継いで、Berlin Ost駅到着。ここから宿ODYSSEE GLOBETROTTER HOSTELまで歩く。無機質なビルが建ち並び、おもしろくない風景が続く。
ソフィアビキで同室だったTAKAさんが「ヤバいくらいに面白い!絶対行くべき!」と豪語したベルリン。果たしてどんな街なのか?

ドイツ【ベルリンの壁】チェックインし、街に出るとワルシャワより共産チックな昔の建物が多かった。新しいビルが建ち、最近出来た店が多く、建設中のショッピングセンターもある。旧東独統一が、昔のことでは無く、最近の事なのだと実感した。世界中からたくさんの観光客が集まっていた。
ポーランド、チェコからベルリンに来ると何かこう、考えさせられるものがあった。ただの観光、では無かった。Westside Galleryにはベルリンの壁が残されていた。ここは今開発中の都市でもあり、青い空にぽっかり穴が開いたカイザー・ヴィルヘルム記念教会がビルの群れの中に建っている。
それは美しく、人々に大切なものを伝えようと、圧倒的な存在感だ。
そしてドイツの人は親切だ。ベルリンの様な都会でも、地図を持ってふらついていると親切な人が「どうしたんですか?」と。親独度UP!!
旅の途中で出会った人達で、「旧東独の人は西側と違って、冷たくてドイツ【ベルリン・ブランデンブルク門】暗い。旧共産圏ぽい」と言う意見もあった。どうしてもそうは思えなかった。感じ方は人それぞれだろう。出会う人によってその国の印象も変わってくる。

上:ベルリンの壁
下:ブランデンブルク門。ここから東西ドイツを行き来していた。

アラブ人街が物価が安いと聞いていたので、そこで毎朝ケバブを食った。西ヨーロッパでの主食の一つはケバブである…安くてボリューム満点やードイツは意外に食べ物が安く、量が多いので割安感もあった。ハム、ソーセージはさすが美味!ビールも安くて、ドイツのずっしり重いパンも腹持ちが良く美味い。

ライプツィヒ〜登山の本場で登山靴購入

2004/9/23
鈍行列車の旅。ドイツの列車は楽しい。トイレのドアは自動でハイテクだ。車内もキレイで運賃が高いのも納得。
Lipzigは整った街並みの中規模な都市だった。オシャレな店も多く、日本人観光客も多い。HOSTEL SLEEPY LIONに宿泊。ドイツのYHはどこもキレイで快適、キッチン付が多い。スタッフも親切で、同室者もマナーがある人が多い。このYHの並びにある建物は壁一面ハッパ模様が鮮やかに描かれていた。

ここでのメインはバッハ博物館。自筆の楽譜など、貴重な品々が展示。
街を散策すると、安そうな靴屋があった。ここでセールの登山靴29.4€を購入。登山の本場で買えた事が嬉しい。上野のアメ横で買った安物の靴は2回目の長期旅行でボロボロだが、捨てるのは名残惜しかった。思い出の靴である。しかし荷物になるので捨てた。そういえば、KENも、ブダペストで飲みに行った青年も靴にこだわりをもっていたなあ、と思い出した。

ワイマール〜ゲーテって誰よ?自分はリコンファームをして現実に戻る

2004/9/24
駅に親切な地図があり、迷いながらもYHに到着。ワイマールは小さな街だが、観光客は多い。ゲーテ広場、ワイマール城を観光。広い公園を歩いてリストの家に行った。Lisztは美形である。1日あれば全て見れるほどこじんまりした街。美術館に行くと、ドイツの歴史コーナーみたいな所にナチス関係の展示があった。至る所でそれは見られる。

そして現実に還った。公衆電話から、ドイツのSQにリコンファームをした。

エアフルト 〜BIGな大聖堂と美しい街並み

ドイツ【エアフルト 広場】2004/9/25
ゲーテ街道を走り、エアフルト(左画像)へ。ここの目玉はなんと言っても大聖堂だ。でかすぎてカメラに収まらなかった。広場には朝市や露天が出て、ソーセージを焼く良い匂いが漂っていた。
お年寄りの団体観光客を乗せた大型バスがたくさん止まっている。きっと有名な大聖堂なのであろう。

アイゼナハ 〜味噌汁!JAPANの現在を知る〜

 

ドイツ【アイゼナハ 城へ向かう登山道】その足でアイゼナハに行く。YHがかなり遠いので荷物を背負ったまま観光。バッハの家ではたくさんの展示物が見られた。バッハファン必見である。この街の道案内看板は、独語の次に日本語だったので驚いた。何か変な感じがした。バッハの家があるから日本人観光客も多いのだろう。
ヴァルトブルク城まで、坂道を登った。歩いているヤツはいない。途中で近道をしようと森林浴しながら山の中を歩いたり、滑ったりして山頂に到着。城内はガイドツアーのみだった。
そして私は街外れのYHに向かった。途中のスーパーで食料を買い出しして歩く。かなりの距離である。YHは看板が出ていなくて、初め間違えて隣のペンションに行ってしまった。そこの人も「よくYHと間違えられる」と言った。
アイゼナハYHは新しくてオシャレな洋館だった。

4人部屋で惣菜のツマミとビールの夕食。各部屋にバス・トイレ付だ。外にタバコを吸いに行くと玄関に日本人らしき女性がいた。ドイツ語でユースの人としゃべっているのですごいとおもった。話しかけられた。(あとから彼女に指摘されたのだが)久しぶりに日本語を喋ったら思うように言葉が出ず、発音すらおかしくなっていた。お喋り好きな彼女は東京でOLをしていて、学生時代ハイデルベルクに留学していて、今回友人を訪ねて6年ぶりにドイツに来たのだという。「半年旅をしている」と言うと、彼女は今現在の日本の事を事細かに私に説明した。それは全く知らない世界で正直何の興味も無い出来事だった。そしてライプッイヒの華僑の店で缶詰のミソ・スープを買おうか迷った、と言うと、レトルトの味噌汁を私に作って持ってきてくれた。あっさりした、日本の味だった。
彼女は約半年ぶりに味噌汁を飲む日本人旅行者に興味深々だったようだ。普通の日本のOLと話したのは旅が始まって初めてだった。大概の人は私同様、仕事を辞めて長期旅行に出てきた人たちか、ワーホリ中の人だったからだドイツ【アイゼナハYH】

フランクフルト、マインツ 〜都会で郷愁に浸る

ドイツ【フランクフルト】2004/9/26
フランクフルトに近づくにつれて、日本が近くなるような気がした。フランクフルトの駅を降りると、何の魅力も無い都会で怪しい人もいた。とりあえず、駅のインフォメーションで調べると、立派な美術館があるようなのでそこに行った。そしてマインツへ行ったが、日曜なのでインフォメーションは休み、YH行きのバス停も見当たらなかった。街は閑散として人も少ない。来て失敗した。
フランクフルトに戻り、YH協会のYHに向かう。方向を間違えていたらしく、親切なおじさんが「YHは逆だよ」と教えてくれたので助かった。
YHは川沿いにあり、日本人も多くYHより上のクラスのガストホフみたいのもあるため、普通の日本人のおじさんおばさん、ファミリーも多かった。チェックインすると日本語の注意書きを渡された。帰国間近なので、ここで私はボロボロになった衣類を処分した。食堂でビールを飲み、その後独りでYH前の川沿いで夜景を見ながらビールを飲み、しばし郷愁に浸った。最後をドイツにして心から良かったと思った。画像:マイン川の夜景。YH周辺は飲み屋が多く賑わっている。

ハイデルベルク、マンハイム 〜最後のパッカー独り旅

2004/9/27
朝食で昼食分食い溜めしなければいけないので朝7時に食堂に行った。すでに結構人がいた。コーヒーを取りに行くと日本人のおばさんが普通に「お白湯のスイッチはどれですか?」と聞いてきた。「お白湯」という日常使わない言葉を、しかもフランクフルトフツーに聞いたのが今でも忘れられない。いつでもどこでも、おばさんパワー世界一である!

今夜は空港に野宿なので、チェックアウトしてハイデルベルクに向かった。ライプツイヒで会った女性が凄くオススメだと言ったので、最後に美しい街並みを拝みたくなったからだ。
ハイデルベルクは、とても美しかった。城が丘の上にあり、河が流れ、街並みも中世そのままで風情があった。大学の近くのインド料理屋でカレーを食べた。
マンハイムは思ったより都会だった。スーパーでビール、お菓子を買い込みいざ空港へ。

title画像 :ハイデルベルク城

フランクフルト空港 〜終幕〜

フランクフルト駅で焼きたてのプリッツエルを買った。とてもいい匂いで温かくふかふかして美味かった。そして、空港行きの電車に乗った。
喫煙ブース近くのベンチに落ち着き、ビール片手に今これを記す。
今、色んな国のことを思い出す。遠い昔やったような気がする。数々のハプニング、嫌なこと、感動したこと。全ては思い出になっていることに気づいた。
「オレら、社会復帰できるんかな?」皆で酒飲んで語り合った。人を知り、文化を知り、考え方を知り、自然、生き物に出会った。
全ては思い出の中にある。27/09/2004 Traveler-S

<<TOP>>

<<BACK チェコ周遊1ヶ月 <<TRAVELS>>